ヨガって、毎日の日常生活の中で、
歯磨きしたり、ご飯を食べたり、
シャワーを浴びたりするのと同じで
日々を快適に過ごしていくための
一つの「手段」であって。
ところが、その手段を「目的」と
はき違えてしまうと、
迷いや苦悩が起こってしまう。
これは、ヨガを学び始めて、ある程度
深まってきた人が陥りがちなこと。
特にヨガティーチャーを目指して
勉強をしている人に良く見かけると
May個人的に思います。
ある先生にこうしなさいと言われた。
だけど、別の流派の先生には、
それは間違っていると言われた。
果たしてどちらが正しいの??
そしてこの議論は、
この先生が正しい。
この流派の教義は違う。
となり、
果ては、そのヨガグループでの
生徒の囲い込みのような形で
他の流派を否定する、ということに。
いえいえ、どちらの教えも
間違ってはいないんです。
それを「手段」として用いるのだから
こうしたい、ああなりたいという
目的に対してどう活用していくべきか
ということを言ってるのであって。
それを「目的」としてしまうと
異なるアプローチをしている人を
排除しようとする動きが出てくる。
それは、不和を生む。苦悩になる。
それを手段として活用していけば
どのような結果になるのだろうか
ということは、
それまでそのやり方で活用してきた
先達たちから見出せるはず。
ヨガの先生とは、
より良く生きるという自分の目的に
向かって、日々の小さな練習を
積み上げてきたことの結果を
体現しているものなんです。
そう考えれば、自分の練習の中で
どう活用していけばいいのかが
ちゃんと見えるはずですね。
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