公設のスポーツ施設でGW中に開催した2時間の講座。
「おうちでもヨガ」~日常生活にヨガや瞑想を取り入れる方法~
で紹介した瞑想法について。

瞑想って、本当にたくさんの種類ややり方がありますよね。
誘導してもらう瞑想や、呼吸を観察する瞑想や、あるがままを見つめる瞑想や、
今ここに気づく瞑想や、歩く瞑想や、踊る瞑想や、文言を唱える瞑想や、数を数える瞑想や、
一点を見つめる瞑想や、声を出す瞑想や、イメージした対象を自分に重ね合わせる瞑想や、文字を書き続ける瞑想や…まぁキリがない。
果ては、瞑想している状態をデフォルトにして、日常生活を送る。その境地まで行きついてみたいものです。
そこまで行くと、きっともう叶わないものはなく、森羅万象オールOKの、えも言われぬ幸せなところにたどり着くような気がします。
その境地に辿り着けるか否かは別として、今生きているということは、知ってか知らずか誰しもがそこを目指しているということ。
自覚がなくても。
そこに自覚的になることがヨガをしているということ。
ですので、ヨガには瞑想も含まれるわけです。
こんなヨガの世界観を知っていただく特別レッスンだったのですが、公共施設で行うには、特定の宗教色を含むものはやはり難しい。
それがどれほど日本人に深く根ざし馴染のある仏教(等)だとしても。
そこで、今回は、どなたでも取り組みやすい、親しみのある言葉を唱える瞑想法を紹介しました。
それが、《Loving Kindness Meditation》「愛と優しさの瞑想」です。
Loving Kindness Meditation 愛と優しさの瞑想
May I be filled with loving kindness
May I be well
May I be peaceful and at ease
May I be Happy
私が愛と優しさに包まれますように
私が健康でありますように
私が平穏で安寧でありますように
私が幸せでありますように
この文言を、心からのことばで唱える。そんな瞑想法。
最初は文字を読むだけ、心から真に思って唱えられなくてもいい。
いつかそれが心からのことばになっているはず。
この「私(I)」を「あなた(You)」や「生きとし生けるもの(all beings)」に変えて唱えてもいい。
本当にそう思える時があるから。
以前ご紹介した「愛と慈悲の瞑想」よりも、宗教色はない。
「悟りの光」といったことばが入っていないから。普段の日常で使うことばばかり。
そして、立ち止まってみると、本当に私たちは、この文言に書かれている通りのことを誰しもが願っている。
この瞑想をご紹介した後日、受講された方が、
「あのことばを部屋に貼りました。いつでも目に入るようにね。」
と教えてくださいました。
私が私の幸せを願う。
当たり前にしていいことなのに、そこに躊躇したり、遠慮したりする気持ちが見え隠れする。
私を犠牲にして誰かの幸せを願うのはやっぱり違う。
そうやって、自力で幸せになる人が増えると、世の中は絶対によくなる。











