先日、松山に行った時のお話。
RYT200ティーチャートレーニングを共催しているSokka.のユキ先生のレギュラークラスを、
生徒として受けさせてもらう機会に恵まれました。
実はユキ先生のヨガレッスンを受けるのは初めてだと後から気づいた。
普段一緒に仕事をして、特に何も言わなくても、お互いのことがわかっている仲なので、
ちょっと不思議な気もしつつ、でもお馴染みの感じもあり。

ユキ先生との最初の出会いは、Mayがルパリ先生とタニア先生のティーチャートレーニングを
生徒として受講していた時の通訳をしてくださったのがユキ先生だったこと。2017年だったかな。
それからずっと、私とユキ先生は同じ師匠のもとで学んできた。だからヨガには共通の認識があるけれど、
私たちが今に至るまでは、それぞれが様々な先生方の影響を受けてきたので、全く同じレッスンをしているわけではない。

そんなユキ先生のレッスンを、いち生徒として受けさせてもらった時。
ヨガを始めたばかりの頃の感覚がよみがえってきた。
まだ今より20歳も若くて、自分の身体が発展していく可能性しか感じていなくて。
今の自分から見れば、めちゃくちゃな動かし方をしているのに、なぜか自信を持っていて。
それは、自分は何でもできるし、何をしてもいいんだ!という、多分の可能性に満たされた自由を、
本当に無条件に感じていた、あの時の感覚。
今はいかに正しいアライメントで、いかに安全に身体を動かすか、それをどうやって伝えるか、が常に中心にあり、
単に身体を動かして楽しいとか、心地いいとか、呼吸が全身を巡っていく喜びを感じることは
二の次になっていたんだなーと。
ユキ先生がヨガを始められたのはカナダでのこと。
だからか、海外の先生のレッスンを受けているような感覚もあり、
Mayがロンドンで過ごしていた時の感覚にも近いものも思い出した。
若い時って、時間が無限にあると思っていた。
時間を気にせず、何に対しても、ゆっくりじっくり味わいながら取り組めていたような気がする。
今は、先にゴールがあって、逆算してそこに至る過程をひとつづつこなしていくだけになっているな。
それが成功の秘訣、みたいに教えられて、効率的に進むにはそれが良しとされているけど。
未来がどうなるか見えていなくても、目の前にあることをじっくり丁寧にやっていくタイプだったな、
私。そんなことを考えるでもなくぼんやり感じながらレッスンを受けていた。
かつて私にアシュタンガヨガを教えてくれたイギリス人女性の先生が、高野山に瞑想修行に向かう前日、
「It’s always good to be back to a student.」(いつになってもいち生徒に戻るのは嬉しいわ。)
と笑顔だったことを思い出した。












